【社長コラム】イノベーションの流儀   番外編(2)

【社長コラム】イノベーションの流儀   番外編(2)

みなさん!こんにちは!弊社ホームページに来訪いただき有難うございます。

20日にお騒がせトランプ大統領が就任し、世界が大きく動き始めました。
良い意味でも悪い意味でも強烈な個性を持つ米国大統領の一挙手一投足に世界の耳目が集まる中で、
日本という国がどう変化して行くのか、大変興味深いと思いませんか。
我々はその大きな流れに呑み込まれるのか、それとも流れに乗って成長できるのか…
変化に富んだこの一年を楽しみにしたいと思います。


では前回の流れを汲んで、大手食品メーカーのインセンティブ旅行奪取におけるエピソードと、
私のメンターと言える元上司の話をしたいと思います。

東京本社お披露目イベントの成功を機に、本丸のインセンティブ旅行獲得に向けてアプローチをしようとした矢先、
社長更迭と言うビックニュースが入り、不謹慎な話ですが小躍りしたことを今でもよく覚えています。

でもそれも束の間の話でした。

米国の子会社から来られた新社長が、米国勤務時代、同じビルに入居していた日本の大手旅行代理店のマネジャーと
親しくしていたと言う情報を耳にした時、嫌な予感がしました。
そしてその悪い予感が運悪く的中したのは言うまでもありません。
その大手旅行代理店のマネジャーも同時に帰国し、その食品メーカーの担当になったからです。
案の定、新社長の意向でインセンティブ旅行の取り扱いはその代理店に決定する流れが出来てしまいました。

ただ救われたのは、前社長の問題で、形式上では入札になったことでした。

企画で決定的な差をつけることでしか勝ち目はないと判断した私はある行動に出ました。
ゲリラ戦です。普通のことをやったのでは、勝つ確率は0に等しいからです。

行先はハワイ、もう時効ですから言いますが、前回登場した上司に、ある嘘をつきました。
内々に当社に決めてくれるという内諾をもらったと言う嘘です。

ついては最終の企画を固めるためと言う苦しい言い訳をしながら単身ハワイに渡りました。
提案するホテルやレストラン、コンペを開催するゴルフ場を回り、部屋指定からパーティー演出、
料理の細部まで詰めた上で画像にも収め、企画コンペに臨みました。

例の旅行代理店も含めた競合他社の企画とは比べものにならないくらいの企画内容と、
リアル感あるプレゼンの結果、当社に決定しました。

それはそうですよね。実際現地に乗り込んで決めて来たホテルのGMからのウエルカムメッセージからはじまって、
いろいろな演出プラン、実際サービスされる料理メニューと写真、この会社の企業ロゴを形取った氷細工やバナー、
部屋にセットされるマッチや便箋、石鹸にいたるまで、企業ロゴ入りのものを実際用意してプレゼンしたのですから、
正直負ける気がしませんでした。

社長から、「さすがですね!これからもよろしくお願いしますよ!」と言われた時、胸が熱くなったことをよく覚えています。

元上司は、当時私が嘘をついたことを未だ知りませんので内密にお願いします。
あの嘘が露見してインセンティブ旅行が獲得できていなかったら、今、私はここに居ないかもしれません。(苦笑)


次に、いまだ尊敬して止まない元上司の話をしたいと思います。

ある著名な小説家が書き下ろした企業小説のモデルになった方です。
その上司のエピソードの話をしたらきりがありませんので、特に印象に残った話に絞って紹介します。

ある日、その上司の自宅にお中元として大手小売店の商品券が届いたことから話は始まります。
早速中身を空けた奥様の第一声が、「この商品券のお店は近くにないから困ったわね。」だったそうです。
それを聞いた彼は、全国の大手小売店で使える共通商品券発行のアイデアが浮かんだそうです。
彼は直ぐに業界団体に足を運び、共通商品券の必要性を訴えました。

お客様目線から見れば飛躍的に利便性が向上する話ですが、
当時の大手小売店にはその目線がなく、けんもほろろに断られたそうです。
ましてや旅行代理店が商品券を発行するなど、言語道断の話だったと思います。

普通はそれで諦めるものですが、彼は諦めるどころか大手小売店1社1社を口説き始めました。
彼の執拗なアプローチに音を上げたある老舗大手小売店に内諾をもらってからは、他の大手小売店も次々と陥落していったそうです。
日本で初の共通商品券として世に出てから、年間数百億円の売り上げを上げる大事業に育てた手腕は未だに語り継がれています。
それからいろいろなジャンルの商品券を開発するだけに止まらず、
前例主義の行政機関と折衝を重ねながら実現した年金積立旅行や旅行代金前払い、
トラべラーズチェック発行等々、彼の功績を挙げたらきりがありません。

私は彼の考え方や価値観に共感しました。
当時の社長を唯一彼だけが「さんづけ」で呼ぶなど、上に対しても下に対しても平等でフラットな思想の持ち主でした。
常に将来を洞察しながらマーケット目線でものを考え、前例に囚われず、最後までやり抜く力には目を見張るものがありました。
少なからず私は彼が出来ない理由を口にしたことを見たことがありません。
今で言うイノベーションの旗頭のような方でした。

それは仕事だけに限りません。
自分の功績を自慢することもなく、大震災のような大きな災害が起きれば会社を休んでリュック1つ背負って被災地に向かい、
ボランティア活動をするような方でした。

今の私があるのは、他の方々から学んだことも多くありますが、彼の影響が一番大きいと思っています。

今回も番外編が長くなってしまいました。
次回は第4回の続きを書く予定ですので、またの来訪をお待ちしています。